大判例

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東京高等裁判所 昭和30年(う)2244号 判決

被告人 坂巻脩吉

〔抄 録〕

一、弁護人の論旨第七点について。

所論は「死刑は文化国家の理念に反し、日本国憲法の精神に違反する。」と主張するけれども、その然らざることは既に再三にわたり最高裁判所判例の示すところである。人命の尊重すべきことはまことに所論のとおりであるから、その貴重な人命を奪つてしまう死刑という刑罰はこれを廃止するに如くはないし、その全廃に努力を傾ける必要の存することはまことに明らかなところであるけれども、犯罪の絶滅という大理想が容易に果しえられないと同様、死刑の廃止ということは一つの理想目標ではあるが、少くともわが国現下の社会状勢においては、即時にこれを全廃するのは相当でないと認めざるをえないから、死刑を定めたわが刑罰法規を目して憲法の精神に違反するものということはできない。従つて死刑を定めた刑法第一九九条を正当に適用し、その所定刑の中から死刑を選択処断した原判決は毫も憲法に違反するものではない。本論旨もまた理由がない。

二、弁護人の論旨第六点、及び同第八点乃至第一〇点竝びに被告人の控訴趣意中量刑不当の主張について。

所論は要するに原判決の量刑が重過ぎると主張するものである。

そこで、記録を精査検討し、且つ当裁判所で行つた証拠調の結果を対照斟酌して、被告人の犯情について考えてみると、被告人は先天的な性格異常者ではあつたが、必ずしも生来兇暴性を有する者ではなかつたこと、従来の経歴には再三にわたる非行が存したことが認められるけれども、年少の故もあつて、未だ刑罰に処せられたことはなかつたこと、被告人の境遇は物質的には不自由なく、外観上恵まれた環境に生育しているが、内面的には頼りになるような精神の支柱を欠き、顧みてまことに不幸な半生であつたこと、換言すれば被告人が少年時代から非行を繰り返し、遂に今回のような大罪を犯すに至つたのは、その生活環境、ことに生母の不行跡に基因する家庭生活の崩壊が最も大きな原因であることが認められるのである。被告人が今日に至るまでには再三にわたり非行をなし、学校の教師から訓戒を受けたことも少くなく、警察署に検挙され家庭裁判所の保護観察処分さえ受けているのであるから、身を慎しみ、心を改めるべき機会はこれまでにも何回となく存したのに少しもそのような努力をせず、自分の我儘から一層身を持ち崩していつたのは、甚だ好ましくないことではあるが、これもまた先天的な性格異常と後天的な生活環境の交錯から招来された不幸な結果ともみられるから、あまりに深く被告人を責めることはできないのである。叙上の事実に本件犯行当時、被告人は成年に達してから僅かに十カ月を経たばかりで思慮も浅い青年であつたという点を併せ考えると、被告人に対しては若干同情の余地なしとはしないのである。

然しながら、翻つて本件の罪質をみると、それは汚れを知らぬ幼女に対する残忍な姦淫竝びに殺害の行為である。その犯罪の態様は小学校内において、白昼、児童の在校時間中に行われ、しかもその犯行のやり方は全く無抵抗の者に対し、残虐極まるものであるのみならず、その犯行の動機たるや性慾の衝動に駆られ、その慾望を遂げようとする一念に発するものであるから、その犯罪行為自体には毫末も酌量の余地はなく、最も悪質の犯罪に属すると断定しても過言ではない。而して原判決も詳細に判示しているとおり、被告人の行為が、被害者の両親に与えた衝撃はまことに重大であり、その強烈な被害感情は被告人の刑事責任を定める上において決して軽視することのできないのは勿論、被告人の犯行が幼児の監護者達否社会全般に与えた恐怖や不安もまた深甚なものがあつたから、この点もまた刑の量定については十分に斟酌されなければならないところである。

かようにみてくると被告人の犯した行為は本質的にも甚だ悪質であり、その社会的影響も非常に大きなものであつたと認められるから、その責任は重かつ大であるといわなければならない。さきにも述べたように、被告人にはその性格、生い立ち、境遇等において同情すべきところがないとはいえないし、当審証人ジョージ・モントゴメリーの証言によれば被告人には近来ようやく改悛の兆が見え初めたことが見受けられないではないが、被告人にとつて有利と認められるそれらの諸般の事情を斟酌考慮しても、なお被告人に対しては極刑を以て臨むのを相当とすると断定せざるをえないのである。被告人はなお前途春秋に富む青年であり、その愛情のあり方において誤りがあつたとはいえ、心から被告人を愛している被告人の両親の心情に思いを致せば、まことに同情の念を禁じえないけれども、このことは同時に、被告人のために最愛の愛児を辱かしめられ、且つ一瞬にしてその生命まで奪われた被害者の両親の感情を無視することができないことを教えるものである。即ち本件の被害者はなんの罪も科もないのに、被告人の為にこの上もない辱かしめを受け、あたらいとけない生命を奪われたのである。被告人が今日の判決を受けるに至つたのは十分にその責任を問わるべき理由によつて自らが招いた結果であることを思えば、その止むを得ない所以を知らねばならない。弁護人援用にかかる浦和地方裁判所熊谷支部の判決は本件と具体的事情を異にする事案であつて本件には適切ではないから、彼を以て此を律しようとするのは相当ではない。

以上説明したとおり、被告人に対しては結局死刑を科するのが相当であると認めざるを得ないから、これと同趣旨に出でた原判決は相当であつて、本論旨もまた理由がない。

(花輪 山本 下関)

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